セレスマム ceres mom

オーガニック・自然派ママ・プレママのための妊娠・出産・子育て情報ウェブマガジン

主宰者のプロフィール

高橋ともえ
1981年福島生まれ、東京育ち。慶應義塾大学文学部ドイツ文学専攻卒業、同大学院ドイツ文学専修修了。学生時代のトータル2年間の留学を経て、日系・外資系法律事務所のドイツ語・英語のリーガル翻訳・特許翻訳に従事。2011年の3.11を機に2012年から岐阜へ移住、再生可能エネルギー事業を手がける企業にて海外窓口担当として勤務。2014年、ヨーロッパの伝統医学(TEM)に関するドイツ語原著の書籍『四気質の治療学』を翻訳出版。2015年に第一子出産。以降、自宅で仕事をするスタイルに切り替えて、岐阜市内のマンションと江戸時代から続く近江商人の末裔である婚家の築100年の古民家との間で二拠点生活を送りながら、庭づくり・ジビエ・薬草・お灸・発酵食品の手作りを楽しむ生活を送っている。


こんにちは。セレスマム(ceres mom)主宰者の高橋ともえです。
「オーガニック・自然派のママ・プレママのための妊娠・出産・子育て情報ウェブマガジン」

セレスマムは、ママと子どもがマイ・ベスト・オーガニックを見つけるための
人・ブランド・情報の出会いの場となるべく情報発信をしています。

このページでは、なぜ「私」がオーガニックをおすすめしたいのか?
なぜオーガニックを追求しているのか?
なぜ、オーガニックでなければならないのか? という
マイ・オーガニック・ストーリーをお伝えしていきたいと思います。

私がオーガニックと出会うまで

オーガニックとの出会うまで 01. レイチェル・カーソンのような高校時代の化学の先生からの話

高校時代の化学の先生は、元々大手化粧品企業で研究者をしていた優秀な経歴と透き通るような美肌の持ち主で、結婚を機に退職して高校教師になった人でした。

私の化学の成績は残念ながらサッパリでしたが、その先生がある日「課外授業」として、「身の回りにある化学物質」の話と「化粧品の裏側」についてお話をしてくれました。

それは、まるでレイチェル・カーソンのような内容のお話で、私達の身の回りにある生活用品が実は化学物質だらけであり、中には人体にも環境にも有害なものがあること、特に女性が使う化粧品の中には発がん性物質にあたるものが含まれているものが多いということなどを教えてくれたのです。

「受験が終わったらおしゃれをしたい時期が来るけど、忘れないで。化粧品を選ぶときは、イメージではなく裏側を見るのよ」

オーガニックと出会うまで 02. 美容部員のいとこがすすめてくれた1本の化粧水でニキビが消える

やがて大学生になり、化粧やスキンケアに興味を持つようになった私は、某大手百貨店コスメのチーフ美容院をしていたいとこに肌の相談をしました。最初は化粧品を揃えたいという希望で行ったのですが、実は当時の私は長年ほほのニキビに悩まされており、それを見たいとこが「ともえちゃんは乾燥肌。このニキビは皮脂のとりすぎで出ているものだよ。だから、しっかり保湿すればすぐ治るから」と肌診断をしてくれました。そして、その肌診断に基づいて1本の化粧水を1ヶ月使用したところ、あっという間にニキビが治りました。

同時に、当時使用していた洗顔料をやめて石鹸洗顔に切り替えました。実は我が家では母が愛用していた自然派化粧品ブランドがあり、そこの酵素洗顔料を使っていました。オーガニック認証を取得しているコスメではなかったですが、どうやらそこに含まれている卵殻にアレルギー反応していたようでした。

この出来事から、いい成分だからと選ぶのではなく、肌基準・自分の体質基準で選ぶことが大切だと感じるようになりました。

ドイツ・ロマン派の自然哲学研究、ドイツ留学中のアロマセラピー・オーガニックコスメとの出会い

大学時代、ドイツ文学を専攻した私は、19世紀のドイツ・ロマン派の世界観に惹かれるようになりました。ドイツ・ロマン派の人々は、「自然は生ける一個の大きな魂である」という思想を持ち、独自のアプローチで自然を観察し研究する科学者で、現在よく知られているいわゆる西洋科学や西洋文明とは違って、東洋思想に似ている一種のカウンターカルチャーです。

学部生時代、ドイツという国への興味から交換留学生としてドイツの田舎町に1年留学をしました。そこでお世話になったホストマザーから、あるドイツの世界的オーガニックコスメブランドのの精油をプレゼントされました。アロマセラピーとの出会い、そしてドイツのオーガニックとの出会いでした。小さな瓶の中から香る精油の香りにうっとり。

そのブランドのことを知りたくなりホームページを見ると、世界各国のオーガニック農家の話や、フェアトレードなどの情報が掲載されており、オーガニックの思想とドイツ・ロマン派の思想に相通じるものがあるのを感じました。


20代・オーガニックファンとしてオーガニックを楽しむ

オーガニックコスメにたどり着き、オーガニックコスメを個人輸入したり日本のオーガニックコスメを使い始め、まわりに広める

修士課程を修了し社会人になった後、気になるオーガニックコスメを個人輸入したり、日本のオーガニックコスメを使い始めるようになりました。

すると、どんどん肌がキレイなっていき、オーガニックの素晴らしい力を実感。普通のコスメでもニキビは改善されましたが、オーガニックに切り替えてからは、荒れやすかった肌が強くなりほとんど肌トラブルに悩まされない肌に変化していきました。高校時代の友人の結婚式に出席したとき、かつての肌の汚かった私を知る友達からは「別人の肌」「誰かと思った」とびっくりされるほどでした。

やがて、「化粧品は何を使っているの?」と言われることが増えてきて、まわりに自分が使っているコスメを紹介したり、当時日本語の情報があまりなかったオーガニックコスメのブランド情報を調べて教えてあげたりするようになりました。特定のブランドではなく、いろいろな肌質の人に合わせてアドバイスをするように。

最終的には自分でコスメを手作りすることに興味を持ち、比較的カンタンに作れる化粧水は手作りするようになりました。アロマセラピーの勉強やハーブの勉強もはじめるようになり、単発のセミナーや講座に出たりするようになりました。

また、オーガニックへの関心がこうじてBioFach(ビオファ)などの日本で開催されるのオーガニック系の展示会にも度々訪れるように。まだオーガニックがメジャーではなかった日本で一ファンとしてオーガニックを愛好する消費者としての立場でした。


3.11 すべてのリセット。改めて仕事で訪れたドイツで知った社会を変える力を持つオーガニックの真価

30歳。3.11の原発事故で生まれた町が事実上の崩壊。再生可能エネルギーの仕事への転職と移住

そんなのんびりした日々が激変したのが、2011年3月11日。その日私は、丸の内の高層ビルの中でいつものように午後の仕事をしていました。そして、東日本大震災が起きたのです。免震構造の高層ビルが、まるで船が揺れるようにゆらゆらと揺れました。

その日の夜、帰宅難民としてビル内に泊まることになった私は、福島の原発のことが気になって仕方なく、ただ祈るような気持ちでネットのニュースを見続けていました。なぜなら、私の母の実家であり、私が生まれた町は福島県双葉郡大熊町。原発20km圏内の町だったからです。小さい頃から折りに触れ通い続けた懐かしい福島の浜通りの風景がまったく違うものになってしまいました。祖母は幸い震災直前に病気の入院で東京にいたため難を逃れたものの、帰宅のめどは立たず。

安心安全な東京の中心・丸の内で働きながら、原発から供給された電気を使いながら生活することに矛盾を感じていたころ、ある地方企業からの海外担当窓口のオファーをもらい、岐阜へ移住しました。

出張で訪れるドイツで知った全社会レベルでのオーガニック(ビオ)の流行

2012年から始めた再生可能エネルギーの仕事では、ここが同じ日本なのだろうか?と思うくらいの市民の「無関心」の壁を感じることが続くようになりました。

一方で、約2年の間、数ヶ月に一度のドイツ・オーストリアへの頻繁な出張を繰り返しながら、出張の合間に見たフランクフルトの町がかつて私が学生時代に訪れたときよりもはるかにオーガニック色が濃くなっていることを肌で感じるようになりました。

オーガニックの本場ドイツでは、オーガニックの中に、コスメも、食品も、ライフスタイルだけではなく、政治も、社会もすべて含まれたトータルシフトがおきているように感じました。

自分にとって心地よいから・健康になれるからオーガニックを選ぶのではなく、社会や世界をよりよい方向へ変えるためにオーガニックを選ぶ人が多い様子に感銘を受けました。

本場ドイツのようなオーガニックのあり方を日本で広めるために、「オーガニックコスメ」を紹介するブロガー活動を開始

再生可能エネルギーもオーガニックコスメもすべて同じ一連の流れにあるドイツの本質的なビオ(オーガニック)の在り方を見て、まずは最も手に取りやすく女性にとって身近で関心の高い「オーガニックコスメ」を通じて、この奥深いオーガニックの世界を知ってほしいという思いから、ブロガー活動を2013年から開始。

オーガニックの良さを手軽に実感できるオーガニックコスメを入門として多くの人に奥深いオーガニックに触れてほしいと思い、オーガニックコスメに関するセミナーに出席したり、メーカーの話を聞きに行ったりするようになります。

すべての原点である「土」へ。様々な国内のオーガニック農園を訪問し現場を見る

すべては土から生まれる、だとしたらその現場を見ないでオーガニックは語れないと考え、オーガニックの基本である有機農業・無農薬栽培の国内のオーガニック農場、バイオダイナミック農場を見学する日々。バイオダイナミック農法、炭素循環農法、無農薬栽培、自然栽培など様々な農場を訪れました。多くの生産者の方が、たいへんな苦労と熱意をもって農業に携わっている様子を知ります。
農業という源流からオーガニックに携わっている人に直接会い対話を重ねる中で、日本らしいオーガニックとは何か? 日本でオーガニックを広めていくためにはどうあるべきか? 何がベストなのか? を自分の目で見て対話した農家・生産者さんとの話の中で考えるようになります。

妊娠出産、そして情報発信をお休みして、日本の源流の薬草文化・東洋医学に触れる。

2015年の妊娠出産を機に感じる日本のオーガニックブームへの疑問・違和感。エビデンスのあるオーガニックを求めてブログ活動をいったん休止

そんな中、2015年、子どもを妊娠出産。その後、約2年間ブログ活動から離れました。

ちょうどその頃から日本では未曾有のオーガニックブームが本格化。しかし、そのブームの方向性に疑問を感じるようになります。

オーガニックブームによって、多くの中小のオーガニックブランドが日の目を見る一方で、明らかにブームに便乗する意図でオーガニックへの理解や愛のない企業が、成分だけ・形だけ(認証など)オーガニックな製品を作ることや、オーガニックはモデルやセレブが使っているかっこいいものだから使うというような消費者の受容の仕方、あるいは特定の健康法(マクロビ、ローフード等々)に紐付けられた形でのみ語られるオーガニックへの違和感。

さらに、健康関係のキュレーションメディアが社会問題になったことを受け、自分の知識の薄さを痛感し情報発信そのものを見直す。特に、命に関わるデリケートな妊娠・出産・子育てを通じて、正確で学術的で冷静なよりレベルの高いオーガニックの知識が必要だと痛感し、一旦オーガニック情報の発信を控える。

日本の薬草の聖地・岐阜県とお灸商の近江商人の末裔である婚家のある滋賀県長浜市の古民家との二拠点生活開始。日本の古来の薬草文化・東洋医学に触れる。

一方、妊娠出産の頃から仕事のプロジェクトが国内にシフトしたことを受け、在宅勤務へ移行。

やがて、子育ての都合から、薬草文化が残されていて薬膳料理や薬草療法が盛んな岐阜県と、江戸時代から続くお灸商の近江商人の末裔である婚家のある滋賀県長浜市という土地で二拠点生活(デュアルライフ)を送るように。

改めてゆっくりと国内での暮らしを楽しむうちに、日本の古来の伝承の中にオーガニックの思想に通じる文化や習慣を見つけるようになります。

特に江戸時代から続くもぐさ商の末裔である夫の婚家の影響で、東洋医学・薬草療法を生活に取り入れるようになり、日本に根付くオーガニック文化に触れ、発酵食品作りや庭造りなど、大地に向き合うことが増えていきます。素晴らしい日本の古来からの伝承文化に魅了され、産後の体調不良が癒やされていきました。

同時に、地方の自然環境や・地域経済の危機的状況も感じることが増え、意識的に日本古来の文化を守る必要性も感じるようになりました。

ウェブマガジン セレスマムの立ち上げ~本質的なオーガニックシフトを、日本のママたちと一緒に!

改めて、オーガニックの原点と本質へ回帰。消費者や企業の満足感だけではなく、世界と地球との一体感を持てるオーガニックが、今の日本に必要だと痛感

やがて、今世界のオーガニックがどうなっているのか、そして日本のオーガニックはこれからどうなるのか、政府や企業レベルで伝えられている情報と、オーガニックの真の定義と歴史について学ぶ機会を持ち、オーガニックの原点と本質へ回帰。

消費者や企業の満足感ではなく、世界と地球との一体感を持てるオーガニック、地に足の着いたオーガニック、社会を変えられるより広範囲なオーガニックが、これからの日本に必要なオーガニックだと感じるようになりました。そしてそれこそが、日本の自然や伝承文化を守る道だと確信。

新しいオーガニックの担い手=次世代を育てるママたちのためのウェブマガジンを立ち上げる

そして、この新しいオーガニックを伝えられるのは、次世代の子どもを育てるママたちだと思い、新しいコンセプトで「オーガニック・自然派ママ・プレママのための妊娠・出産・子育て情報ウェブマガジン」を立ち上げ、子育てを通じてオーガニックに目覚めるようになったママたちがマイ・ベスト・オーガニックに出会える場となるべく情報発信を開始。

なぜ、ママなのか?~日本の母は強かった! キッチンから琵琶湖を守った主婦の石鹸活動

私がママに向けてこのサイトを作ろうと決めたのは、日本の母(女性)は、これまでに環境問題に関するシフトを起こす担い手になってきたという歴史があるからです。

琵琶湖の富栄養化が問題になっていた1970年代、合成洗剤ではなく石鹸を使うことで琵琶湖を守ろうとしたのは滋賀県の普通の主婦たちの集会が発端でした。その結果、条例が変わり琵琶湖の水質はかなり改善されました。

今でも私の義母は、「ここは琵琶湖の水源だから」と言って、水や洗剤の使い方に気をつけています。これは、自分たちの住む地域のためというよりも、県外、特に大阪などの他の地域の人々への配慮からの行動です。

こういった前例があるから、ママからこの国の新しいオーガニックシフトが始まるはずだと感じています。

きっかけは自分の心地よさからでもよい。母が子を思う気持ちから、一体感のあるオーガニックが生まれる

私自身は決して意識が高い人間ではありません。ニキビがコンプレックスで内向的な性格だった10代の終わりにコスメを通じてニキビが改善され、さらにオーガニックと出会って肌がきれいになってからオーガニックが好きになり、その後3.11での生まれた町をめぐるショックな出来事をきっかけに、ようやく国や政治や外の世界に意識が向くようになった普通の人間です。だから、オーガニックを自分の満足感のために使うだけでも十分いいし、オーガニックで癒されることはとても大切だと感じています。

でも、私自身が母となり、自分の生命よりも大切だと思う存在を得た今、子どもが大きくなった未来を思うことが増えてきました。子どもが大きくなったときのことを考えると、自分ひとりや自分の家族が消費者として満足できているだけでは、圧倒的に足りないと感じるようになりました。

このウェブマガジンでは、まず様々なオーガニック商品(衣食住、化粧品、雑貨)を知り、マイ・ベスト・オーガニックを見つけるのに役立つレビューや実店舗レポートなどの情報発信を行います。

そこから徐々に、生産者やメーカーさんとの一体感を感じてもらえる企画や、ゆくゆくはひとりひとりのママがオーガニックの担い手になっていけるような講座やセミナーなどの場を作っていきたいと感じています。

よろしかったらぜひ、各SNSでつながっていただけたらと思います。

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